日本校园歌曲和物哀美学 木灵的炼金工作室

日本人抒发感情的方式是特别的。他们的情感抒发绝大多数情况下是依托于「物」的,也就是说,他们不会凭空说出自己的心理活动,他们一般都是看到「物」,想到情感。可以读一些日本的抒情文学作品,大多数都会涉及到一些自然景物等等的抒情载体。而且,这个抒情载体很多时候会上升至叙事主体的层面上来。而日本人用于抒情的物与中国人用于抒情的物又有所不同。日本人的「物」是一般的,多是人人都能看到的,人人都有机会经历的,比如树荫、比如太阳、比如随处可见的溪流。而中国人的「物」多是特殊的,是雄奇壮美的景观,又或是波澜壮阔的史诗,比如长江黄河。日式审美讲究入微,中式审美讲究大气。究其原因,可能是自然环境的匮乏与丰饶。是因为自然环境的匮乏,才导致了日本人对于他们身边稍纵即逝之美的敏锐和珍惜。这种「基于目之所及的美学载体,抒发此时此地心中之情」的美学体验,称为物哀「物哀れ」。

在他们的艺术作品中,我们很容易发现,他们喜欢使用相对较多的笔墨来描绘「物」。举例:

白い光の中に
山なみは萌えて
遥かな空の果てまでも
君は飛び立つ
限り無く青い空に
心ふるわせ
自由を駆ける鳥よ
ふり返ることもせず
勇気を翼にこめて
希望の風にのり
このひろい大空に
夢をたくして
懐かしい友の声
ふとよみがえる
意味もないいさかいに
泣いたあのとき
心かよったうれしさに
抱き合った日よ
みんなすぎたけれど
思いで強く抱いて
勇気を翼にこめて
希望の風にのり
このひろい大空に
夢をたくして
いま別れのとき
飛び立とう未来信じて
弾む若い力信じて
このひろい
このひろい大空に
いま別れのとき
飛び立とう未来信じて
弾む若い力信じて
このひろい
このひろい大空に

夏の草原に
銀河は高く歌う  
胸に手をあてて  
風を感じる  
  
君の温もりは  
宇宙が燃えていた  
遠い時代のなごり  
君は宇宙  
  
百億年の歴史が  
今も身体に流れてる  
  
光の声が  
天高くきこえる  
君も星だよ  
みんなみんな  
  
時の流れに  
生まれたものなら  
ひとり残らず  
幸せになれるはず  
  
みんな生命を  
燃やすんだ  
星のように  
蛍のように  
  
光の声が  
天高くきこえる  
僕らはひとつ  
みんなみんな  

光の声が  
天高くきこえる  
君も星だよ  
みんなみんな  
風 新しく 緑を駆ける
どこまでも遠く 澄み渡るよ
今 軽やかに 光は回る
全てをやわらかく照らすだろう
星さえ見えない
雨の時でも
君が夢見てる未来は
側にあるよ
いつの日も歌おう
この心のまま
響くよ 空の向こう
彼方まで
そしてまたどこかで
君に届いたら
思い出してほしい
輝く笑顔で過ごした日々を
風 透き通り 大地にそよぐ
優しく時間を包んでるよ
今 穏やかに 光は注ぐ
全てを懐かしく照らすだろう
道さえ見えない
闇の時でも
君が信じてる未来は
側にあるよ
いつの日も歌おう
この心のまま
悲しみも越えて行く
強い声
君がその勇気で
一歩進む時
思い出してほしい
煌めく瞳で過ごした日々を
いつの日も歌おう
この心のまま
響くよ 空の向こう
彼方まで
そしてまたどこかで
君に届いたら
思い出してほしい
煌めく瞳で過ごした日々を
輝く笑顔で過ごした日々を

你会发现它们的抒情内容和对物的描述是交织在一起的,二者是和谐统一的,同时也有着一些以物作比喻的叙述方式。日式的审美逻辑大概就是这样:一定会使用容易看到的、谁都能够体会的内容去描绘、去抒情。


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